湘南ひらつか七福神めぐり
七福神 | 名 称 | 所在地/交通 |
(恵比寿) | 三嶋神社 | 平塚市夕陽ケ丘 60-27 |
(布袋尊) | 蓮光寺 | 平塚市榎木町 9-9 |
(毘沙門天) | 春日神社 | 平塚市平塚 4-18-1 |
(福禄寿) | 善性寺 | 平塚市夕陽ケ丘 45-6 |
(大黒天) | 妙安寺 | 平塚市平塚 1-12-15 |
(寿老人) | 長楽寺 | 平塚市札場町 15-42 |
(弁財天) | 平塚八幡宮 | 平塚市浅間町 1-6 |
● 湘南ひらつか七福神めぐり(平塚市観光協会 HP) 開催期間:通年
● 「湘南ひらつか七福神めぐり」公式サイト(湘南ひらつか七福神会 HP)
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( 平塚の七福神 )
「湘南ひらつか七福神」は、2011年7月に発足し、平塚駅を中心に総距離約8キロのコース。
徒歩でおよそ2~3時間で巡拝できる。
*オリジナルの御朱印用色紙は1枚500円。 また1箇所につき300円の御朱印代がかかります。
*各寺社の御朱印受付時間は9時~17時ですが、祭礼、行事などにより受付の時間が変わったり、御朱印を受けられない場合があります。
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● 三嶋神社(恵比寿)
祭神は、大山祇命(おおやまづみのみこと)・事代主命(ことしろぬしのみこと)。
創建の年代は、不詳だが文献などから、平安時代(794年~)の初め、周辺が「須賀のから浜」と呼ばれていた頃には、三島明神として信仰を集めていたと考えられている。
戦国時代の永禄9年(1566年~)には、小田原北条氏の手厚い保護のもと、魚類・船運業の集散地として栄え、江戸時代には幕府の海運業商業の港町として急速に発展したと言われる。
江戸時代・須賀千軒(すかせんげん)といわれるほど商店や民家が増え、相模国の海運や海路の玄関口として栄えました。
当神社の例大祭である「須賀のまつり」は、地域をあげての盛大に賑やかなお祭りとしても知られ、往時の賑わいを今に伝えている。(毎年:7月第3土・日)
祭神の事代主命は、別名「えびす様」と同一視されたことから、「湘南のえびす様」として親しまれ、漁業や商業に携わる方々をはじめ、多くの人々から開運厄除、商売繁盛、交通安全、家庭繁栄の神さまとして厚く崇敬され、新年には、御神徳を称える祭典「新春えびすまつり」が行われている。(毎年:1月第3日曜日)
・(場 所): 平塚市夕陽ケ丘 60-27
・(交 通):
● 蓮光寺(布袋尊)
山号を「神戸山」、院号を「流入院」と号し、「神戸山・流入院・蓮光寺」と称する高野山真言宗の寺院。
本尊は、「不動明王」。
開創は慶長年間、山門は、旧徳川幕府江戸在藩所、長寿寺(現・高野山総本山金剛峯寺東京別院)より拝領移築したものと伝わる。
・(場 所): 平塚市榎木町9-9
・(交 通):
● 春日神社(毘沙門天)
春日神社は、明治初年の「神仏分離令」まで、「平塚山・廣藏寺(こうぞうじ)」と神仏習合であった。
古くは、「黒部宮」と号し、花水川左岸十間坂に鎮座したが、海岸線の浸入により現在の地に遷座したと伝えられている。
源頼朝の夫人、北条政子が安産祈願をしたとも言われ、旧東海道平塚宿の鎮守社として信仰を集めた。
・(場 所): 平塚市平塚 4-18-1
・(交 通):
● 善性寺(福禄寿)
山号を「梵行山」と号し、「梵行山・善性寺」と称する、日蓮宗の寺院。
開山は、日栄上人(1661年)により約350年前に創建されたと伝わる。
もとは三浦郡横須賀にあったが、国の政策により昭和17年(1942)平塚市に移転され、平塚では明治時代より中山祈祷所、鬼子母神堂と称し親しまれていた。
・(場 所): 平塚市夕陽ケ丘 45-6
・(交 通):
● 妙安寺(大黒天)
江戸初期の寛永年間に、養珠院・お万の方(徳川家康の側室及び水戸、紀州徳川家の開祖の母)の奥女中であった妙安尼が、お万の方の自仏である「鬼子母神像」を拝受し、日在上人を開山に、妙安尼を開基として建立され、「爾来(じらい)平塚・鬼子母神」として親しまれ、400年近い歴史を有する。
・(場 所): 平塚市平塚 1-12-15
・(交 通):
● 長楽寺(寿老人)
山号を「海詠山」、院号を「無動院」と号し、「海詠山・無動院・長楽寺」と称する高野山真言宗の寺院。
本尊は、「薬師瑠璃光如来」
紀伊国(和歌山県)高野山の直末寺であり、古くは末寺十三ヵ寺を有し、平塚・三島神社の別当寺でもあったと伝えられる古刹で、「相模薬師霊場第十一番札所」としても知られる。
縁起によれば、開)山は文治元年(1185)頃、僧・鎮海が草庵を建て「海詠庵」と称し居住したことに始まり、その後、建保3年(1226)に、僧・朝秀が中興し庵号を海詠山としたとある。
・(場 所): 平塚市札場町 15-42
・(交 通):
● 平塚八幡宮(弁財天)
祭神:応神天皇(おうじんてんのう)・神功皇后(じんぐうこうごう)・武内宿禰(たけのうちのすくね)。
第16代仁徳天皇の68年(今からおよそ1630年前)に、第15代応神天皇を祭神とし平塚の地に鎮座。古は「鶴峰山・八幡宮」と称し、一國一社の霊場として崇敬をあつめた。
その後も、歴代天皇や源頼朝公、徳川家康公など武家の崇敬篤く、現在でも、武運、勝負の神として、また安産、健康生育など子育ての神として、震災や厄災からの守りの神として崇敬されている。
「平塚・弁財天社」は、平成23年3月に平塚市岡崎鎮座「駒形神社末社」の弁天社より御分霊し、平塚八幡宮境内に勧請された。
その御祭伸は、市杵島姫命とも弁財天とも称えられ、その御神徳は、芸能や財福の神、また様々な災難を祓い去るお力があるといわれています。
・(場 所): 平塚市浅間町 1-6
・(交 通):