2010/06/05

くも女房


【  5.くも女房 /(藤沢市・  )  】


  むかし、二十五歳になる男がいました。
いつも、ほうぼうに行って、
「おら、ご飯を食べない娘を女房にしたい」
といっていましたが、みんなは、
「そんな娘がいるもんかね」
と、相手にしませんでした。

  ところがあるとき、いい娘さんがたずねてきて、
「わたしは、ご飯を食べないから、どうか嫁にしてください」
といいました。
  そこで男は、その娘さんを女房にしました。

  男が家にいるときには、女房は約束どおりご飯を食べませんでした。
  しかし、男が働きに出ていってしまうと、家の雨戸をすっかりしめてしまいます。
  そして、家の中からは煙がでてきます。

  ある時、不思議に思った近所のおばあさんが、戸のふし穴からのぞいてみると、 女房が、たきたてのご飯を釜の中からすくってはにぎり、すくってはにぎり、 頭のまん中にすっぽり開いた口の中へぽんぽん、ぽんぽんとほうりこんでいるのです。
  それを見たおばあさんは、おどろいて、夕方帰って来た男にそのことを話しました。

  男は、
「それはたいへんだ。 何とかして追い出さなければ」
と思って、女房に、
「出ていってくれ」といいました。

  すると女房は、嫁にくるとき持ってきたつづらをせおい、そばにいた男を、 ひょいとつづらの上にのせ、家を出て行きました。

  男は、どこへ連れて行かれるのかと、つづらの上でびくびくしていました。
  女房はだんだん山奥へ入っていきます。
  何とかして逃げようと考えていると、木のしげみの中へ入ったので、 男はひょいととび上がって、のびた枝につかまり、木の上にかくれました。

  女房がそれとは知らず、大声で、
「いいさかなをとってきたよ」
とさけぶと、仲間が集まってきて、
「いいさかなって何だあ。何もありゃしないじゃないか」
といいました。

「つづらの上を見ろ」
とふり返ると、つづらの上には何もありません。
  女房はおこって、
「さてはにげたな。 ようし、今夜くもの姿になって、とり返してきてやる」
といいました。

  木の上でそれを聞いていた男は、急いで家に帰えると、近所の人たちにわけを話し、 助けをたのみました。
  みんなは、火をぼんぼん燃やして、その中に金物をうんとくべて待っていました。

  やがて、真夜中も過ぎて『丑の刻』ごろになると、家がぐらぐらと動いて、 おかぎさまからくもが下がってきました。

「ほれ、来た」と、
用意しておいた真っ赤に焼けた金物を、いっせいにおしつけると、 くもは死んでしまいました。
  それで男は、助かったということです。



―――― おわり ――――




  「食わず女房」として知られている話の一つです。
同じような話は、全国に分布していて、女房の正体は、山姥・鬼女・たぬき・へびなどが多く、 クモは西日本に多いといわれています。


  (かながわのむかしばなし50選)より







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