2010/06/04

かんべえさんの猫


【  4.かんべえさんの猫 /(藤沢市・宮原)  】


 藤沢市の宮原で聞いた、かんべえさんの猫のお話です。
横浜市戸塚区の中田に、踊場(おどりば)という地名があり、言いつたえでは、 近郷近在から夜な夜な猫が集まり、踊りあかしたと言う。



 むかしの話です。

  藤沢のかんべえさんの家では、まっ白に洗っておいたはずの手拭いが、 朝になるとなぜか汚れていました。
毎晩のことなので、家の人も不思議なこともあるもんだと話していました。

  あるとき、かんべえさんの隣の人が、横浜に行った帰りに、夜おそくなって「中田の踊場」を、 通りかかったところが、草むらのむこうから
「かんべえのやつ、今日は、ばかに遅いじゃねえかよ。
何してんだろう。
笛の吹き手がいねえと、踊りの調子があわねえや!」と、言う声が聞こえてきました。

「はてな、かんべえなんていってるが、・・・・・ 」と、
隣人は、草むらをかき分け、声のする方をのぞくと、小さな原っぱに、猫が集まっていました。

  しばらく立ち止まって、そっとようすを見ていると、そこへあわててやって来たのは、 どうも、かんべえさんの家の猫に違いありません。

他の猫たちが、
「ああ、来た来た。
かんべえよう、遅いじゃねえか。
お前さんがいねえと、笛の吹き手がねえもんで、どうもいけねえ」と、言うと、

  手拭いをほっかぶりにしたかんべえさんの猫は、
「すまねえ。
おれのうちは、今夜はお粥でな、熱いのをくれたが、みんなが待ってると思って、あわてて食っただよ。
それで舌を焼いちまって、今夜はうまく笛が吹けねえかもしれねえ」
などと話していました。

隣の人は、急いで家に帰ると、さっそくかんべえさんの家に行き、
「かんべえさん、今晩、おめえさんとこの猫に、熱い雑炊くれたか?」と聞くと、 やはり熱いのをやったといいました。

「中田の踊場」でのことを聞いた、かんべえさんは、
「それじゃあ、うちの猫が化けやがって、毎晩、戸塚の方まで行っていたのか!」と、いいました。

  それを、踊り終えて帰って来たばかりの猫が、戸のかげで聞いていましたが、 そのあと、どこかへ行ってしまって、二度と帰ってこなかったということです。



―――― おわり ――――




 藤沢や横浜辺りには、この他にも同様の話が、いくつか残されていますが、 その背景には、藤沢の長後辺りから戸塚を経由して、横浜に出る街道(大山道)があり、 その途中に、現在はバス停の名に残されている「踊場」と呼ばれる所があって、 その名が、「猫の踊り場」を連想させたのかもしれない。

  その辺りは、追いはぎも出るような寂しいところであったらしい。
また、むかしから猫は人間のそばにいながら、人には不可解な動物であり、 それが化けたり、踊った、などという話につながっていったのかもしれない。


  また、熱いものが苦手なことを、「猫舌(ねこじた)」といいますが、 他の話にも、ねこが夕飯に熱いお粥を食べさせられ、踊りにおくれるという筋書きは、 共通していておもしろい。






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