2010/06/28

夫婦岩


【  28.夫婦岩(めおといわ) /(三浦市・横須賀市) 】


  むかし、三浦の浜辺の村に、若い漁師がおったと。

  若者は、年に一度の祭りのころに、紀州から旅行商(たびあきない)にくる、 いとしげな娘と知り合った。
そして、二人は夫婦(めおと)になることを、かたく約束した。

「こんな女だけど、よろしくお願いします。お父(とう)もお母(かあ)も、 きっとよろこんでくれます」


  娘は、来年の春まっていてくださいというと、いそいそと船着き場へ走っていった。
  沖へ向かう船で、娘はいつまでも手をふって別れをおしんでいた。
若者も、船が沖合に小さくなり、消えるまで見送っていた。

  二人の仲は、浜じゅうに知れ、村の人たちも、晴れの日がくることを、わがことのように喜んでくれた。


「いい娘さんじゃねえか、これでおめえも幸せになれるよ。
亡くなったお父もお母も、きっと喜んでくれるよ」
  浜にいあわせた村人は、若者の肩をたたいて帰っていった。

  それからの若者は、晴れの日を夢見ながら、まだ夜が明けぬうちから沖へ出て、 日がしずむまで漁をしていた。
「むりするでねえ。娘さんはどこへも行きはしねえよ。それよりもからだがだいじだ」
  村の人たちはそういってくれたが、若者は、婚礼にはたくさんの人をよんでもてなさねばと、 働き続けていた。

  長い冬がやっとすぎた。
桜のつぼみもふっくらとして、若者の心をあらわしているようだった。
  若者は、浜の岩に立っては沖合を見つめ、娘がいつ来るか、いつ来るかとまちこがれていた。

  こんな日が、いく日も続いた。
岩へ通いつめる若者の姿は、はたで見ていても胸がいたくなるくらいだった。

  見かねた村人が、
「きっと来るよ。何かのつごうでおそくなっただ。それに、このごろの海は荒れている。 凪(な)いでくれるのをまっているだよ」
と、なぐさめたが、若者は浜の岩へ通いつめるのをやめなかった。
  そして、いつも重い足どりで帰ってくるのだった。

  こうした毎日をくり返しているうちに、若者はふとした病(やまい)がもとで寝つき、 間もなく帰らぬ人となってしまった。
  その日、三浦の里の桜は、いっせいにはらはらと散っていた。

  それからいく日かして、晴れ姿の娘が来た。
娘は悲しい知らせを村人から聞くと、おどろき悲しみ、うちしずんで浜の方へ歩いていった。

  次の朝、漁に出ようとした村人が岩のそばを通ると、娘がたおれていた。
「娘さん、娘さん」
と声をかけ、だき起こしたが、返事はなかった。
  娘がたおれていたのは、若者がいつも立っていた岩とならんでいる、小さな岩の下だった。
  村の人たちは、
「あんなにたのしみにしていたのに。かわいそうじゃ」
と、小さい方の岩に娘の名をきざみ、大きい方には若者の名をきざんで、 二つの岩を夫婦岩(めおといわ)と名づけた。

  夫婦岩が雨にうたれると、なみだのようなしずくが流れ落ち、 岩と岩の間でいっしょになって海へ流れていくのだった。



―――― おしまい ――――





  (かながわのむかしばなし50選)より







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