むかしな、津久井の青野原(あおのはら)に、芝居が飯よりもすきだという、 炭焼きのじさまがおったと。 村祭りに芝居がかかるのを、たのしみにしておってな。 あといくつ寝ると祭りだなと、まるで子どもみたいに、指折り数えてまっていたんだと。
山で炭焼きしとってもな、木を切ってきて、それを刀にし、 祭りでおぼえた役者のまねをして、しゃべったりおどったりしておったと。 そして、また、あといくつ寝たら祭りだやと、指折り数えておったと。 で、村の衆は炭焼きじいといわず、役者、役者とよんでおったと。
ある日、じさまが山へ入って炭が焼けるのをまっていると、ゴーッと風が上からふいてきた。 なんだろうと見ると、岩の上に天狗が立って羽うちわをバッサ、バッサとふって風を起こしている。 おどろいたじさまは、手を合わすと、 「て、天狗さまあ、命ばかりはお助けくだされ」 天狗は、腹をゆすってわらい、 「こわがることはない、おまえの芝居ずきは、わしの耳にもはいっておる。 どうじゃ、わしといっしょに、江戸へ芝居を見にいかんか。江戸の歌舞伎じゃぞ」 と、いうや、岩の上から飛び下りてきたのだと。
じさま、歌舞伎と聞いてこわさもわすれ、 「そら、ほんとですか。 わしゃ、死ぬまでに一度でいいから、その歌舞伎とやらを見たいと思っていたところでさ。 一つ連れてってくだせえ。 でも、江戸までどうやって行くのかね」 というと、天狗は、また腹をゆすってわらい、 「目をしっかりつぶって、わしのせなかにのれ、それでよい。 あとはわしにまかせろ」 じさまが、いわれるままに目をつぶって天狗のせなかにのると、 フワーッとからだが空に舞い上がったと。
どこをどう飛んでいるのか分からない。 じさまは、ふり落とされたらたいへんと、天狗にしがみついておった。
「よし、目をあけよ」 じさま、目をあけてみると、なんとそこは歌舞伎の舞台がよく見えるところだったと。 じさまは、からだをぐーんとのりだして、まばたき一つせず、食いつくように見ておった。 「さすがは江戸の歌舞伎、村芝居の役者とはちがうわい。 今日はなんといい日じゃ。長生きしたかいがあったわい」
さて、歌舞伎がおわって村へ帰ろうとしたが、連れてきてくれた天狗がいない。 「天狗さまー、天狗さまー」 いくらよんでも、天狗は出てきません。 歌舞伎を見た楽しさもいっぺんに消えて、じさまは、心細くなった。
江戸から村までは、かなりの道のりです。 野をこえ、川をわたり、山をこえていかねばならぬ。 じさまは、道を聞きながらとぼとぼと村へ歩いていったと。
青野原の村では、じさまが急にいなくなったので大さわぎです。 「天狗の神隠しにあっただ」 と、いく日も、いく日もさがしていました。
するとある日、じさまが、はるか遠くから、とぼとぼと歩いてきた。 着物は、すりきれぼろぼろ。 わらじもはかずに、はだしでやってきた。
「おお、じさまや、いったいどこへ行っていただ」 じさまは、村の衆に手を引かれ、うちへ帰って飯を食べると元気になった。 「わしゃ、江戸の歌舞伎をこの目で見てきたぞ。 村祭りの芝居なんて見られたものじゃねえ」 と、歌舞伎のまねをやってみせたと。
それからな、じさまと天狗が会ったところを「天狗沢」とよぶようになったのだと。
―――― おしまい ――――
天狗沢は、今の津久井郡津久井町の青野原を流れる道志川の対岸(藤野町)にある、 雑木林地帯だともいわれていて、そこには天狗岩と呼ばれる岩もあります。
天狗の話は、全国各地に分布していますが、神奈川県にもこのほかに、 伊勢原市、川崎市に伝わる「天狗の賭け将棋」、横浜市の「天狗の腰掛け松」、 足柄上郡松田町に伝わる天狗の神隠しの話などがあります。
「天狗沢」は、芝居の好きな男が、江戸へ歌舞伎見物に行く話ですが、 芝居が好きだという理由だけで、天狗が連れていってくれましたが、 昔の農村、山村の人たちが、いかに芝居が好きだったか。
また、江戸の歌舞伎にどんなにあこがれていたかを物語っている、ということもいえます。
(かながわのむかしばなし50選)より
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