2010/06/25

天狗の神隠し


【  25.天狗の神隠し /(大井町)  】


  篠窪(しのくぼ)の鎮守さまの森は、椎の木森といわれ、天をおおうような椎の木が、 でーんと生えておって、木のそばに「大山へ五里、道了尊(どうりょうそん)へ三里」と書いた道しるべが立っている。


  ここは、相模の天狗たちのたまり場でな、夜な夜な大山の天狗、道了尊の烏天狗(からすてんぐ)たちが集まってきて、 羽のうちわをばたばたやって、笛太鼓でおどっていたのだと。

  そのころ、この近くの村に、ご八という男がおった。
  ご八は、かみさんもいるいっぱしの男だった。

  ある夕方だったと。
  ご八は、湯から上がって、上がりだんのところで、ふんどし一つで涼(すず)んでいた。
と、いうところまでは、家のものは知っていたが、それっきりふーっと姿を消してしまったのだと。

  村では、これは天狗の神隠しにあったのだと、村じゅうの若い衆、年よりが松明(たいまつ)をもって山の中を、
「かえせー、もどせー、かえせー、もどせー、ご八をもどせー」
と、さがしまわったが、なんとしても見つけることができなかったと。
  かみさんは、これまでの縁とあきらめて空葬式(からそうしき)を出して、泣いておったと。

  それから三年の月日が流れ、ご八の家で法事をやっておった。寺の坊さんがお経をあげていると、 なんと死んだはずのご八が、のそんと帰ってきたのだと。
  よごれたふんどし一つで土間につっ立って、手には徳利(とっくり)をもっていた。

「今日は、だれの法事だね。おやじの命日でもないのに ・・・・・・ 」
  ご八の声で、お経はぴたりととまり、みんなは、ご八をいっせいに見た。


「おまえさん、生きていたのかね。い、いったいどこへ行っていただよ。 なんの知らせもないから、死んだと思って ・・・・・ 。今日は、おまえさんの法事なんだよ」

  かみさんは、ご八にだきついて泣いた。
「ご八、いったいどこへ行っていただ。一日や二日じゃない、三年間もだぞ」
  坊さんは、ご八をにらみつけた。

「お、おら、どこへも行っていねえ。椎の木森の山で、天狗さまとまい日相撲を取っていただ」
「なに? 相撲を取っていただと。おらたちが心配しているのが分からんかったのか。 天狗の神隠しにあったと思って夜もさがしていたのによ。手に持っている徳利はなんだ」
「天狗さまからもらった備前徳利(びぜんとっくり)だ。まい晩酒もりだ。楽しかったぜ。 もっといたかったんだが、天狗さまが、ふんどしがよごれたから取かえてこいというんで、帰ってきただよ」

  みんなは、あきれ返って返すことばもなかった。
「そうかい、三年もたったのかい。おら、三日だと思っていたのによ」
  悲しい法事は、祝いの酒もりにかわった。ご八は、天狗からおそわった踊りをやってみせたのだと。

  すまぐら、 すまぐら
  すっそっそ
  テレツク テンテン
  テンツクテン
  わしらは、 相模の天狗連
  椎の木森で、 おどりゃんせ
  すまぐら、 すまぐら
  すっそっそ

  それからご八は、村祭りには、天狗の面をかぶっておどる役になったのだと。
  そして、いまもご八の家には、天狗からもらったという備前徳利が、宝物としてしまってあるのだと。



―――― おしまい ――――




  長大な鼻、真っ赤な顔、長い白髪の天狗は、山中に住み、 怪力をもち、羽団扇などの呪宝により、自由に空中を飛びまわる想像上の妖怪である。
  日本では、山の中で起こる不思議な自然現象を、天狗の仕業と言い伝えられてきた。

 大木をひく音や、倒れる音がすると「天狗倒し」、大勢の人が笑う声や話し声が聞こえれば、 「天狗笑い」、どこからともなく石が落ちてくれば「天狗つぶて」といい、 そのようなことが起こった所は「天狗の通り場」ともよばれてきた。

 「椎の木森」の鎮守様とは、篠窪にある「三嶋神社」のことか。 神社の鳥居前を「旧矢倉沢往還」が通り、江戸時代には「大山阿夫利神社」へ参拝する人々が利用していた事から、大山道とも呼ばれていた。
 今も参道入口には、椎の木の巨木が保存されていて、車道を覆う様に枝を伸ばしている。

 また、道了尊とは「大雄山・最乗寺」のこと、いずれも古くより山岳修験の霊場として知られ、天狗伝説が残されている。


  (かながわのむかしばなし50選)より






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