2010/06/22

火の坂のたぬき


【  22.火の坂のたぬき /(相模原市)  】


 むかし、陽原(みなはら)の坂の上に、じさまをなくし、ひとりぼっちで暮らしているばさまがおったと。
  ばさまは、糸つむぎをして暮らしておった。
  ブンブン、ブンブン
  糸車の音が、夜おそくまで聞こえたと。

  そんなある夜、ばさまの家に一ぴきのタヌキがやってきて、なんのあいさつもせず、 炉ばたに上がりこみ、あぐらをかいて火にあたっていたと。
  ばさまは、じろんとタヌキをにらみつけ、
「なんというタヌキだ。 化けてくるなら、まだかわいいところがあるのに、しっぽをふりふり上がってきて・・・・・」
と、つぶやきながら糸車をまわしておった。

  タヌキは、まるでこのうちのじさまのように、ばさまの仕事っぷりを、ながめておった。
いや、ちがう。じさまなら仕事も手伝ってくれたが、タヌキは、糸がもつれても動こうともしなかった。
  そして、夜もふけて、いっぱいあったまったころ、あいさつもせずに出ていったと。
  こんな夜が、ずーっとつづいたのだと。

「よーし、今夜はひとつこらしめてやるぞ。おぼえていろよ」
ばさまは、タヌキが来るのを、今か今かとまっておった。
雨がシボシボとふってきた。夜もふけた。けれども、タヌキはやってこなかった。

「やろう、わしの腹を読んだとみえるな。」
ばさまがつぶやいたとき、タヌキがのそっと入ってきて、炉ばたであぐらをかいて、いねむりをはじめた。
  ばさまは、見てみぬふりをしていたが、いきなり、
「さっさと帰れっ!」
と、いろりの火を十能(じゅうのう)でしゃくって、タヌキのまたぐらの八畳敷へぶっかけた。

「キャーン、キャーン、キャーン」
タヌキは、ばさまの家をとび出し、坂を火だるまとなってころがっていき、死んでしもうたと。

  それから、この坂を「火の坂」とよぶようになったと。
それ以来、この坂をま夜中に通ると、どこからともなく、
「キャーン、キャーン」という泣き声が聞こえてきて、村の衆は、ぶきみがっておった。

  それから長い年と日がたった。
村では、お盆の迎え火にわらをたき、鉦(かね)をチーン、チーンとたたいていた。
その夜、火の坂の下にすむ水車屋のかみさんが、家に帰ろうとして坂を下っていくと、 急にばったりとたおれ、そのまま気を失ってしまったと。

  やがて気がつき、立とうとしたが、なんとしても立てない。
あたりは、まっ暗。
人っ子一人通らない。
かみさんが、はいずって坂を下っていくと、どこからともなく「キャーン、キャーン」というなき声が聞こえてきたと。

  やっと、家に着いたが、おそろしくてどうしても寝つかれなかった。
朝になって、医者に診てもらったが、さっぱりよくならず、かみさんは寝ついてしもうた。
これを聞いたある人から、それはなにかのたたりだから、占ってもらったらといわれて、 見てもらうと、占い師は、むかし、火の坂で死んだタヌキのお告げを話した。

「タヌキの魂は、まだ死にきれずにこのあたりをさまよい、 うらみを村人に知らせようとしているのだよ。
タヌキは、火の坂の下に祀ってくれ、すれば、火の坂の山の神となって村を守る、と申しておられる」

  水車屋のかみさんは、さっそく夫と相談し、狸菩薩(たぬきぼさつ)の小さな祠をつくった。
すると、かみさんは、またもとのように元気になったと。

  それからというもの、狸菩薩(たぬきぼさつ)は、「お狸さま」とよばれて評判になり、 お詣りにくる人が後をたたず、たいそうにぎわった。
  とくにやけどやはれものにご利益があるとされ、なおった人はお礼に絵馬や旗をあげていた。
  さらに商売繁盛にあやかろうという人もおしかけ、火の坂は、あふれるほどだったと。



―――― おしまい ――――




  昔話には、たぬきやムジナ、きつねが多く出てきます。
化けたり化かしたりするところは似ていますが、狸と狐ではかなり違ったところがあります。
 

 狐がずるがしこいのに比べて、狸は人懐っこく、義理堅いが化け方が下手だったり、 最後のところで化けの皮がはがれたり、悲しい最期を遂げたりする話が多いようです。

『火の坂のたぬき』の話もその一つといえるかもしれません。
元はいわゆる昔話だったのでしょうが、いつのまにか伝説化し、 大正13年8月、この坂の下にあった水車場の江成基造さんの妻、おもとさんが、 盆勘定の掛け取りに回っての帰り道に坂で倒れた、という事実譚になり、 翌9月6日に狸菩薩の祠(ほこら)が造られたということになっています。


 うそも、百回も云い続けると、そのうち本当の話のように思えてくるものらしい。

 話に出てくる「十能(じゅうのう)」とは、角スコップを小型にしたようなもので、 主にいろりやかまどに木炭や薪の燃えカス、残った灰などを運ぶときなどに使う道具で、 他に細い溝などにつまった泥やごみなどを取るときにも使うと便利なもの。


 また、タヌキのまたぐらの八畳敷は、オスのたぬきのいわゆる急所の部分のことで、 広げるとタタミ八畳分ぐらいあるのだとか、実際の狸にはそんなやつはいない。


  (かながわのむかしばなし50選)より






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