むかし、丹沢の山のふもとに、「ウバモの長七」 という腕自慢の鉄砲うちがいた。 ある日、山の奥深く入って、えものを追っていると、とっぷりと日がくれてしまったので、 鉈で小枝をきり集めて、たき火をしながら夜明けをまつことにした。
真夜中に、ふっと目がさめると、火が消えかかっている。 長七は、小枝を取ろうとして向こうを見て、ぎくっとした。 「何かいる」 長い髪を肩にたらしたきれいな娘が、ブン、ブン、ブーンブンと、糸くり車をまわしているではないか。 太い木の枝にあんどんをひっかけ、その明かりが、ぼわーっと娘のすがたをうき上がらせている。
長七は、なかなかにきものすわった男だった。 「出やがった、出やがった。あいつがよく話にきく山姥だな。 このおらが食われてたまるもんけえ」 と、手早く鉄砲にたまをこめて、引き金をひいた。
ズダーン ・・・・ 。 どでかい音がやみをゆすぶった。 ところが、娘は糸くり車をまわす手を休めもしないで、長七の方を向くと、にこにこ笑った。
「ええ、この山姥め」 長七は、その顔めがけてニ発目をズダーン。
ところが、娘はにこにこ、にこにこ ・・・・・ 。 三発うち、五発うち、十発うっても変わらなかった。
長七は、次から次へとうちつづけ、六十発もあった弾(たま)もうちつくし、 残るのは魔よけの金と銀の弾(たま)だけになってしまいました。
「これがはずれたときゃ、おらもおしめえだ。 どうもあのあんどんがあやしい。 あれをねらってやるべえ」
長七は、必死の思いで、明かりめがけて銀のたまをズダーン ・・・・ 。 すると、いっぺんにあたりはまっ暗になり、なにか大きなものが、木から落ちる音がして、おそろしいうなり声が聞こえた。
やがて東の空がしらじらとしてきたので、娘のいたあたりをさがしてみると、てんてんと血がしたたり、岩穴へと消えていた。 金の弾(たま)をこめた鉄砲を左手に、鉈を右手にかまえて、用心ぶかく岩穴に入ってみると、何かの骨がそこらじゅうにちらばっていた。
奥の方に、てらてらとあやしく光る目の、大きなけものがうずくまっている。 鉄砲でこづくと頭がごろんと横になった。 外へ引っぱり出してみると、七貫目はあろうかという、年をとったむじなだった。
長七は、うらめしそうに白目をむいたむじなをひっかついで、いきようようと村へ帰っていった。
―――― おしまい ――――
丹沢は、むかし相模川の支流の一つ中津川上流の一部、現在の東丹沢あたりをいいました。 山姥というのは、山の神とか山神に仕える女性の妖怪化したものとされることもあり、昔話に出てくるものは、山奥に住み、何百年もの間生きるために、人を取って食べようとする恐い鬼女である。 この話では、山姥の正体が年をとったムジナであったが、その他にもフクロウ、ヒヒ、猿、たぬきなどの化身とすることもあったようです。 (かながわのむかしばなし50選)より
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