ある日、釣りの大好きなじいさんが、目久尻川(めくじりがわ)の川下にやってきました。 そこは、まわりに木がおいしげっていて、昼間でもうす暗く、なんとなくきみの悪いところですが、 そこにきて川幅がぐっと広がり、流れもゆるやかになっていました。
じいさまは、前から「ああいうところは、きっとよく釣れるぞ」と目をつけていて、 夜釣りにやってきたのです。 はたして、釣針にえさをつけてたらすと、フナやウグイ、ハヤやウナギがどんどん釣れて、 それこそたばこ一服つけるひまもないくらいです。
夜もだんだんふけてきたので、じいさまはそろそろきり上げようと、釣道具を片づけにかかりました。 すると川底から、うめくような声で、 「おいてけ、おいてけ」
じさまはおそろしくなって、帰ろうとしてびくに手をのばしました。 ところが、釣り上げた魚でいっぱいのはずなのに、軽くすーっと持ち上がったのです。 そのとたん、前よりはっきり大きな声で、 「おいてけ、おいてけ」
いやはや、じいさま、びくをぶん投げると、釣竿もなにもかもほうりだして、 家へ逃げ帰りました。
じいさまの話をきいた村の人は、 「ひょっとすると、川の主かもしれない」 「いやあやっぱり、狐のしわざだ」 などと、口ぐちにいいました。 そしてそこは、おいてけ堀とよばれるようになりました。
―――― おわり ――――
この話の舞台は、現在の綾瀬市早川の北部、相模小園団地の辺りになります。 早川の地域では、狐の仕業とされていますが、これに類似した話は、 他にも多く伝えられています。 県内、津久井郡相模湖町若柳では、天狗坊淵でウナギをたくさん捕って帰ろうとすると、 山の方から「てんごんぼう」と声が掛かり、びくの中のウナギが「さらばよ」と答えると、 消えてしまった。
また、千葉県松戸市には、魚釣りの好きだった水戸黄門が、七つ頭の大蛇を退治し、 それを古池に祀った。 ある男がそこで釣をすると、その大蛇を祀ったお堂の中から「ごろやーい」と声が掛かり、 魚が逃げてしまうという話も伝わっている。
『 おいてけ堀 』という名前は、東京本所にも七不思議として伝えられている。 これら魚が物を言うので驚いたという話は、東北から沖縄までの広い地域に分布していて、 「おいてけ」と声を掛ける堀の主については、正体不明としているものが多いようである。
(かながわのむかしばなし50選)より
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