2010/06/18

おいてけ掘


【  18.おいてけ掘(おいてけぼり) /(綾瀬市)  】


  ある日、釣りの大好きなじいさんが、目久尻川(めくじりがわ)の川下にやってきました。
  そこは、まわりに木がおいしげっていて、昼間でもうす暗く、なんとなくきみの悪いところですが、 そこにきて川幅がぐっと広がり、流れもゆるやかになっていました。

  じいさまは、前から「ああいうところは、きっとよく釣れるぞ」と目をつけていて、 夜釣りにやってきたのです。
  はたして、釣針にえさをつけてたらすと、フナやウグイ、ハヤやウナギがどんどん釣れて、 それこそたばこ一服つけるひまもないくらいです。

  夜もだんだんふけてきたので、じいさまはそろそろきり上げようと、釣道具を片づけにかかりました。
  すると川底から、うめくような声で、
「おいてけ、おいてけ」

  じさまはおそろしくなって、帰ろうとしてびくに手をのばしました。
  ところが、釣り上げた魚でいっぱいのはずなのに、軽くすーっと持ち上がったのです。
  そのとたん、前よりはっきり大きな声で、
「おいてけ、おいてけ」

  いやはや、じいさま、びくをぶん投げると、釣竿もなにもかもほうりだして、 家へ逃げ帰りました。

  じいさまの話をきいた村の人は、
「ひょっとすると、川の主かもしれない」
「いやあやっぱり、狐のしわざだ」
などと、口ぐちにいいました。
そしてそこは、おいてけ堀とよばれるようになりました。



―――― おわり ――――




  この話の舞台は、現在の綾瀬市早川の北部、相模小園団地の辺りになります。
  早川の地域では、狐の仕業とされていますが、これに類似した話は、 他にも多く伝えられています。
  県内、津久井郡相模湖町若柳では、天狗坊淵でウナギをたくさん捕って帰ろうとすると、 山の方から「てんごんぼう」と声が掛かり、びくの中のウナギが「さらばよ」と答えると、 消えてしまった。

  また、千葉県松戸市には、魚釣りの好きだった水戸黄門が、七つ頭の大蛇を退治し、 それを古池に祀った。
  ある男がそこで釣をすると、その大蛇を祀ったお堂の中から「ごろやーい」と声が掛かり、 魚が逃げてしまうという話も伝わっている。

  『 おいてけ堀 』という名前は、東京本所にも七不思議として伝えられている。
  これら魚が物を言うので驚いたという話は、東北から沖縄までの広い地域に分布していて、 「おいてけ」と声を掛ける堀の主については、正体不明としているものが多いようである。


  (かながわのむかしばなし50選)より






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