むかし、酒匂川の近くに庄助(しょうすけ)という正直な男が住んでいて、 毎日ねぎを売って歩いていました。 欲がなく、いつも貧乏だったので、お嫁さんをむかえることもできませんでした。
ある年の暮れ、庄助は、正月のもち米を買うお金もないので、 しょんぼりと酒匂川の流れを見つめていました。 するとどこからか小亀が出てきて、 「いいところへ連れていってあげますから、私のせなかにのって、目をつぶっていてください」 といいました。
庄助はふしぎに思いましたが、亀のいうとおりにしますと、しばらくして亀が、 「さあ、下りて目を開けてもいいですよ。竜宮に着きました。」 といいます。
庄助は、亀の案内で竜宮の王さまにあって、そこの客としていろいろのもてなしを受けました。 帰るときになって竜宮の王さまは、 「庄助よ、お前は正直者だから、私の姫をお嫁にあげよう。 夫婦仲よく暮らしなさい」 といいました。
こうして、正直なことが竜宮の王さまに気に入られて、庄助は美しい姫といっしょに村に帰ってきました。 庄助と姫とは、むつまじく暮らしていましたが、庄助の妻の美しさを聞いた国司は、 その妻を自分のものにしようとして、ある日、何の理由もないのに、庄助を役所へよび出し、 「すぐお前の妻をさし出せ。 それとも白ごまを積んだ船千ぞうと、 黒ごまを積んだ船千ぞうを持ってまいれ。 明日までに返事をせよ」 といって、追い帰しました。
こまりはてて帰ってきた庄助が、その話をすると、妻はきっぱりといいました。 「よろしゅうございます。 わたくしが用意しましょう。」
妻が川ばたに出て手を打つと、白ごまを積んだ小さい船が千ぞう流れてきました。 もう一つ手を打つと、黒ごまを積んだ船が千ぞう流れてきたので、 庄助は大喜びでそれを役人にさし出しました。
当てがはずれた国司は、 「それでは、もう一つ申しつける。 『これは、これは』という物を持ってまいれ。 それができないときは、妻をさし出せ」 といいました。
庄助がまた話すと、妻は、 「わたくしが用意します。 この箱を役人にとどけてください」 といって、持っていた小さな箱の中に入ってしまいました。
庄助は、さっそくその箱を国司のところへ持って行きました。 国司は、何を持ってきたかと、小箱のふたを開けると、中から大蛇が出てきて、 「これは、これは」とおどろいている国司の首をしめてしまいました。
こうして、国司の二度の命令も、妻の助けではたすことができましたが、 妻は小箱に入ったまま、ふたたび帰ってはきませんでした。 一人残された庄助は、気をとりなおして元のねぎ売りになって、 他国を歩いていたということです。
―――― おわり ――――
この昔話は、東北から九州まで、ほぼ全国的に分布しています。 竜宮は、昔から海の中、水の中にあると考えられ、そこは竜神の住む所、 さらには、沖縄で言う「ニライカナイ」や、死後祖霊神となり住む「常世の国(とこよのくに)」、 海上、海中の他界とも想定されてきた。
竜神は、水をつかさどる神(水神)として信仰され、竜神の住む竜宮では、 物も時間も永遠につきることがなく、まさに不老不死の国であった。
(かながわのむかしばなし50選)より
|