2010/06/14

蓑笠地蔵(みのかさじぞう)


【  14.蓑笠地蔵(みのかさじぞう) /(秦野市)  】


  むかし、ある山の村に、十三衛門(じゅうさんえもん)というじいが、 ばあと暮らしておったと。
  二人は、若いころ子どもをはやりの病でなくしたので、 年をとってもじいとばあで山の畑をたがやしておった。

  ある年の暮れだったと。
  いまにも雨が落ちてきそうな、どんよりとした空をながめて、畑へ行こうか、 それともうちで仕事をしようか、まよっておったが、
「じいさまや、いくべ、いくべ。お正月もじきにくるで。
蓑(みの)と笠をもっていけばだいじょうぶ」
と、そろって畑へ出かけていったと。

  畑につくと、やっぱり雨がふってきた。
二人が蓑をきて、笠をかぶって仕事をしていると、雨は大雨となり、ガシャガシャとふってきたのだと。
「ばさまや、これじゃ仕事にならん。
うちで縄(なわ)ないでもやるべ」
と、二人はどしゃぶりの雨をついて、急いで歩いてった。

  村境の六地蔵のところへきたとき、じいは、たちどまって地蔵さまを見ていた。
「ばさまや、地蔵さまがずぶぬれで泣いておられるよ。
どうだ、おらたちの蓑と笠をあげたら」
地蔵さまの目からは、雨がしずくとなって、なみだのようにこぼれておった。

  ばあは、地蔵さまの顔を手ぬぐいでふいてやって、
「じさまや、いいことに気がついた。
おらたちゃ、うちへ帰れば、ぼろやじゃが、屋根もある。
地蔵さまは、いつも雨ざらし。かわいそうに」
  じいとばあは、蓑と笠をとると、はじの地蔵さまからじゅんに蓑をきせ、笠をかぶせていったと。

  ところが六地蔵さまだから、二つの地蔵さまはかぶるものがない。
じいとばあは、こまってしもうた。
雨は、やみそうもない。

「ばさまや、おらたちの手ぬぐいでもあげるべ。
少しは、ぬれないですむかもしれん」
「そうよな、ほかには何もないし、ぼろ手ぬぐいだが、がまんしていただくべ」
じいと、ばあは、二つの地蔵さまに手ぬぐいをかぶせてやったと。

「じさまや、よーく見てみなされ。地蔵さまの顔は、亡くなったあの子ににていないかね。
おら、あの子に見えてくるんだがよ」
じいと、ばあは、六地蔵さまを、わが子のように一つ、一つさすると、雨の中をびっしょりぬれて、 うちへ帰っていったと。

  うちへついた二人は、いろりばたで縄をなっていた。
そして、お湯を飲んでやすんだと。

  真夜中になったとき、どこからともなく、
十三衛門のうちはどこだー、ジョイサー、ジョイサー
十三衛門のうちはどこだー、ジョイサー、ジョイサー
と、かけ声が聞こえて、何かを積んだ車を引いてくる音がしてきたのだと。

  じいは、目をさまし耳をそばだてた。
十三衛門のうちはどこだー、ジョイサー、ジョイサー
かけ声は、だんだん近づいてくる。

「十三衛門は、この村にはわし一人じゃ。
こんな夜中にいったいだれだろう」
  じいは、空耳かと思ってばあを起こして、二人で聞いた。
ばあも、たしかに聞こえるという。
それも一人の声ではないという。

  しばらくすると、じいのうちの軒下(のきした)に、何かを置く音がする。
じいが、そおーっと戸を開けてみると、かますが置いてあった。
「ばさまや、来てみなされ。だれかが、かますを置いていったぞ」
  ばあも走って来て、かますを開いてみると、中から米やらお金やらが、 いっぱい出てきたと。

「じさまや、車をひいてこられたかたは、だれだべ」
と、向うを見ると、蓑をきた地蔵さまを先頭に、笠をかぶった地蔵さま、 最後に手ぬぐいをかぶった地蔵さま、六人が車をひいて村境へコットリ、 コットリと帰っていかれるところだった。

「じさまや、あの六地蔵さまじゃ。
ほれ、亡くなったおらとこの子にそっくりの六地蔵さまじゃ」
じいと、ばあは、六地蔵さまに手を合せておった。
  そして、いい正月をむかえ、いつまでもたっしゃで暮らしましたとさ。



―――― おわり ――――




  「地蔵信仰」は、末法思想が盛んになった平安時代ころより、 地蔵の救済を信じる庶民の間にも広まっていったといわれている。

  六地蔵とは、仏教の六道「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上」のめい界をいう。
六道の辻つまり、この世とあの世の境に立ち、あの世に行く者を救済すると言われている。
  とくに、子どもを守っててくれる菩薩さまとして、知られている。

  この昔話は、普通「笠地蔵(かさじぞう)」として知られ、東北から九州に至る、 全国に同様の話が分布している。
  語り継がれる土地により、雪、雨、吹雪、夕立などと背景は違っているが、 ほとんどが正月をまえにした大晦日のできごととして語られることが多く、 貧しいながらも善良な老夫婦の日ごろからの心やさしい行いに、無事新年を迎えることができるようにと、 年越しのごちそうや、宝物がとどけられるといったものである。

  また話の中にでてくる「かます(叺)」とは、藁(わら)で編んだむしろを二つ折りにし、両端を編み上げ、 袋状にしたもので、穀物や塩、肥料、石炭などを入れた。むかしは農家などでもよく使われていたが、近年はビニール製品などの 普及により見かけることも少なくなってきた。



  (かながわのむかしばなし50選)より






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