むかし、佐野川村に源作という、猟師仲間でも「一つ弾の源」といわれるほど腕もたしかで、 どきょうもある猟師がいました。
ある日、源作が猟からもどって、いろりばたでお茶を飲んでいると、外でおかしなうなり声がします。 源作が出てみると、大きな狼が口を大きくあけて、苦しそうに首をふっていました。 何かを訴えているようにも、 たのんでいるようにも見えます。
源作はどきょうをすえて近づいて、口の中をのぞくと、骨がのどにささっているのでした。 源作は、 「かみつくでねえぞ、飛びつくでねえぞ」 と、くりかえし狼にいいながら、口の中へ手を入れて骨を取ってやりました。 狼は、いくたびも後をふりかえりながら、山へ帰っていきました。
明け方近く、源作のおかみさんが、便所へ行こうと戸を開けて出ると、 何かやわらかいものをふみつけたので、びっくりして家の中の源作をおこしました。
源作が起きて、ちょうちんを持って行ってみると、毛なみのふさふさした、 みごとな兎が置いてありました。 「さては、あの狼が骨を取ってもらった恩返しに持ってきたのだろう。 それにしても、こんなりっぱな兎は、わしもはじめてだ」 と、源作とおかみさんは、喜んで話しました。
―――― おわり ――――
この昔話も、全国的に広く分布し、狼がお礼に持ってくるものには、 猪・雉・兎などがあります。 わが国では狼はヤマイヌとも呼ばれ、地方によっては古くより山の神のお使い、 あるいは神性をもつ動物のように考えられていたこともあり、 猟師もこれを捕らなかったといいます。
関東地方でも秩父の三峰神社、奥多摩の御嶽神社では、 古くから狼はお使い神とされ、狼の姿を刷ったお札を発行していて、 これを戸口にはっておくと、火災・盗難よけになると信じられていた。 この話でも、恩を感じ、義理堅い獣として語られている。
しかし、わが国では明治期になりその姿を見たという目撃例も途絶え、 以後絶滅したとも言われている。
(かながわのむかしばなし50選)より
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