むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが、 屋根に穴のあいたぼろ家に住んでいました。
ある夜、おじいさんとおばあさんは、息子の帰りを待ちながら、 話をしていました。 おばあさんが、 「なあ、おじいさんや。 虎(とら)、狼(おおかみ)もこわいけど、 やっぱりムルの方がこわいなあ」 というと、おじいさんも、
「ムルぐれえ、こええものはないなあ」 といいました。
それを家のおもてで聞いていた狼は、 「なに、ムルだと。 おれはけものの中じゃ強いつもりだが、 ムルってのは、いったいどんなにすごいやつなんだろう」 と思いました。
ちょうどその時、息子が帰ってきて、あたりが暗かったので、 狼につまずいて、どさっとせなかにのってしまいました。 狼はびっくりして、 「せなかにのったのは、ムルにちがいない」 と、息子をのせたまま、そこらじゅうをとびまわったので、 息子は井戸の中へ、ふり落とされてしまいました。
そこへ猿がやってきて、くんくんと井戸のまわりを、 かぎまわっていましたが、息子が中にいるのが分かると、 しっぽを井戸にたらして、 「これにつかまって出ろや」といいました。 息子は、 「やれやれ、助かった」と、しっぽにぶら下がりました。 ところが、目方が重すぎて、猿のしっぽはちぎれてしまいました。
むかし、猿のしっぽは一丈二尺もあったそうですが、 こういうわけで、今のように短くなってしまったということです。 ところで、ムルとは、漏る(もる)、もり、 つまり雨漏り(あまもり)のことでした。
―――― おわり ――――
この昔話は、東北から九州まで、全国に分布していて、 もともとは日常生活に根ざした実感から出たものと思われる。 ここでは、狼と息子ですが、虎と馬泥棒の話も多く、 この場合、馬泥棒が虎を馬とまちがえて、とびのったことになっている。 逃げ出す動物も、虎、狼の他に、いのしし、あなぐま、 ヒヒ、化け物などがあり、むかしの人々が、おそろしいと思う想像上の動物などもでてきます。 また、筋書きも、地方による変化がほとんどなく、虎などが逃げて終わる話と、 後半に他の動物が、しっぽを切られる話が、付加されたものの二つの型に分かれているようです。
(かながわのむかしばなし50選)より
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