2010/06/12

古屋のムルの話


【  12.古屋のムルの話 /(横浜市・秦野市・津久井郡)  】


  むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが、 屋根に穴のあいたぼろ家に住んでいました。

  ある夜、おじいさんとおばあさんは、息子の帰りを待ちながら、 話をしていました。
おばあさんが、
「なあ、おじいさんや。 虎(とら)、狼(おおかみ)もこわいけど、 やっぱりムルの方がこわいなあ」
というと、おじいさんも、

「ムルぐれえ、こええものはないなあ」
といいました。

  それを家のおもてで聞いていた狼は、
「なに、ムルだと。 おれはけものの中じゃ強いつもりだが、 ムルってのは、いったいどんなにすごいやつなんだろう」
と思いました。

  ちょうどその時、息子が帰ってきて、あたりが暗かったので、 狼につまずいて、どさっとせなかにのってしまいました。
  狼はびっくりして、
「せなかにのったのは、ムルにちがいない」
と、息子をのせたまま、そこらじゅうをとびまわったので、 息子は井戸の中へ、ふり落とされてしまいました。

  そこへ猿がやってきて、くんくんと井戸のまわりを、 かぎまわっていましたが、息子が中にいるのが分かると、 しっぽを井戸にたらして、
「これにつかまって出ろや」といいました。
  息子は、
「やれやれ、助かった」と、しっぽにぶら下がりました。
  ところが、目方が重すぎて、猿のしっぽはちぎれてしまいました。

  むかし、猿のしっぽは一丈二尺もあったそうですが、 こういうわけで、今のように短くなってしまったということです。
  ところで、ムルとは、漏る(もる)、もり、 つまり雨漏り(あまもり)のことでした。


―――― おわり ――――




  この昔話は、東北から九州まで、全国に分布していて、 もともとは日常生活に根ざした実感から出たものと思われる。
  ここでは、狼と息子ですが、虎と馬泥棒の話も多く、 この場合、馬泥棒が虎を馬とまちがえて、とびのったことになっている。
  逃げ出す動物も、虎、狼の他に、いのしし、あなぐま、 ヒヒ、化け物などがあり、むかしの人々が、おそろしいと思う想像上の動物などもでてきます。
  また、筋書きも、地方による変化がほとんどなく、虎などが逃げて終わる話と、 後半に他の動物が、しっぽを切られる話が、付加されたものの二つの型に分かれているようです。



  (かながわのむかしばなし50選)より






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