2010/05/14

水を飲みに出た竜


【 14.水を飲みに出た竜  /(中井町) 】

  
 足柄上郡中井町井ノ口の米倉寺(べいそうじ)に木彫りの竜がある。 江戸時代の名工、左甚五郎(ひだりじんごろう)が彫ったという『阿の竜』と『吽の竜』の二頭の竜である。 太い丸柱を上るようにからみつき、まるで生きているかのように、目を光らせ、 今にも飛びかかってきそうである。
  左甚五郎の作といわれるものには、これらのように伝説として語られるものも多く、 これもそのなかの一つであろう。




  むかし、寺のちかくに、一人のばさまが住んでおった。
  ばさまは、寺の竜がこわくて、寺参りにいっても、そこそこに帰ってくるのだった。

  ある年の夏だった。
  米倉寺から、葛川(くずかわ)にかけての田や畑が、なにものかに荒らされることがあった。
「おれたちが、汗水たらして作った稲や野菜畑を荒らすなんてとんでもねえ」
「それも、いつも決まったところだ。寺から葛川までのあいだにある田や畑だ。
いったいだれのしわざだ」

  村では、竹槍(たけやり)を持った元気のいい若者を立たせて、見張っていたが、 何としてもつかまえることができなかった。
  でも、野荒らしは続いていた。それも、作物をぬすんでいくのではない。
作物をなぎたおしていくのだ。
そのあとが、一すじの道のように残っていた。

「まるで大蛇の通ったあとのようじゃ。それに二つの道ができている」
村人は、なぎたをされた稲を起こしていた。雨がいく日もふらないと、野荒らしは、はげしくなった。

  ある夜のこと。ばさまが、里へいって葛川ぞいに帰ってくると、 川の中で、水しぶきをあげて泳いでいるものがいた。
「こんな夜更けに、いったいだれだろう。村の若い衆かな」

  ばさまは、木のかげにかくれてうかがっていた。
川の中には、火の玉のように、光るものが四つうごいている。
  しばらくすると、何か黒い大きなものが、水しぶきをあげて川から上がり、 からだをうねらせて畑の方へ向かっていった。

「あっ! りゅ、竜じゃ。米倉寺の竜じゃっ!」
ばさまがさけんだとき、黒雲がとつぜんまきおこり、月をかくし、あたりをやみにしたかと思うと、 濁流がうなって流れてきた。
  ばさまは、命からがら家へ帰ったが、つぎの日は、昨夜のことがうそのように、空はカラリと晴れていた。

  ばさまは、昨夜、葛川で見たことを、村の衆に話した。
「まさか、米倉寺の竜が。あれは彫りものの竜だぜ。それが川へ水を飲みにくるなんて」
と、だれも信じてくれなかったが、ばさまがまちがいなく、この目で見たというので、 寺へ行ってみることにした。

  ばさまは、こわがって行こうとしなかったが、むりやり連れて行かれた。
  おそるおそる竜のところへ行ってみると、竜のからだは、びっしょりとぬれ、 田や畑のどろがついていた。

「や、やっぱり野荒らししていたのは。竜だ。きっと、葛川へ水を飲みに出たのだ」
と、いうことになって、村人は、竜が水を飲みに出られないようにと、目に角釘を打ちこみ、 からだを切れぎれにしてしまったのだと。



―――― おしまい ――――


(かながわのむかしばなし50選)より

 (記念碑/その他)
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